私が走る理由

恋愛アスリートの生態

それはちょうど、競技場のど真ん中にある、
広い広いトラックを、ただひたすらに走り続けているような、
そんな感覚だった。


追い続ける恋だった。
自分が諦めたら、そこで終わる恋だった。
恋人にはなれないと、わかっている恋だった。


ゴールが見えなかった。
この広いトラックの何レーンを走ったらいいのか、
何周したらいいのか、
どこがゴールなのか、
ゴールなんてあるのか、
わからなかった。


それでも、何一つルールがなくても、
頭が考えるより前に、
本能が、走り出すような。
そんな、恋だった。


あいつは、いつも、ふらっとやってきた。
いつもは私のことなんて、忘れてるくせに。
都合のいいときだけ、彼はくる。


そして、スタートとゴールを示す線の向こうで、
両手を広げて待っていて、
胸に飛び込む私を、抱きしめてくれる。


まるで、本当に心から、愛してくれているような、
そんな顔をして。
そのときの高揚感が、中毒みたいになって、
私を、トラックから降りさせなかった。


その競技場は、一人で走っているのではなかった。
次々と新しいライバルたちが現れる環境だった。

そのことも、私の嫉妬心とか意地とかあらゆる感情を焚きつけ、
そのトラックを降りる、といういとも簡単な選択肢を、
私に選ばせなかった。

何人も新入りを迎えて、
私より先にいなくなった人もいたし、
出戻りする人もいた。

長い間いた私は、色んな人を品定めして、
落ち込んだり、優越感に浸ったり、
猛烈な嫉妬の炎で心を黒こげに焼き付けたりしていた。

ひとつたしかなことは、この競技場にいると、
なんだか性格がねじ曲がっていくようだった。
それでも、後戻りできなかった。


競技場の応援席の上には、関係者席があって、そこに座れる人もいた。
どんな女好きにも、別格の女というのは、存在するんだろう。
彼の場合は、長年付き合った元カノが、そこで高見の見物をしていた。

でも、いっそ、そういう女に勝負を決めてもらったほうが、
いいかもしれないと思ってた。
同じトラックでとなりを走っていたライバルにゴールされるより、
ずっといい。
わかりきった勝負なら、潔く、あきらめがつく。

そうなれば、ライバルたちとは、
同じ傷を負った者同士、健闘を讃えあって、痛み分けできる。
そんなことを、ばかみたいに、真剣に思ってた。


走りつづけていると、運命の分かれ道は、何度もやってきた。
心が転んで、怪我をしたとき。

こんな男はもうやめよう、って、たぶん100万回くらい思った。
骨折だってしたし、
もはや捻挫くらいなら、したまま走れるようになったと思う。

何度、自分の体が、文字通りからだを張って、
必死に自分の心を止めにかかったかわからない。
もう、走れない。
もう、やめよう。

さすがにいいかげん、
その競技場を出ていけばいいのに。
私は、出れなかった。

骨折して走れなくなったとき、
向かうのは出口ではなく、併設されたトレーニングルーム。
そこで、ライバルたちを横目に筋トレをする。
そして、自分に自信をつけて、パワーアップして、
また走り出す。
そんなことを、繰り返してた。


わかってる。
恋を、競技場にたとえている時点で、
何かが間違っていることくらい。

私が男だったら、
そんなサイボーグみたいな女、
丁重にお断り申し上げたい。


でも、それでも、走り続けた理由。


ただ、愛したかったから。


そもそも私は、好きな男にはこれでもかというくらい負ける。
「惚れたもん負け」を絵に描いたような女である。
だから、私にとっての勝ち負けは、
男性より優位に立つとか、
主導権を握りたいとか、そういうことではない。

私にとっては、
愛することを諦めることが、
‟負ける”ことだった。

自分の本能が選んだ人だから。
心が許す限り、体が続く限り、愛し続けたかった。

相手が自分の愛の許容量を超えてくる度に、
「自分がどう変わったら、彼を愛せるんだろう」
そう考えていた。

愛したくて愛したくて、仕方がなかった。
その欲のあまりの強さが、私を駆り立てていた。
でも、その強さは同時に、彼を窮屈にさせ、
そして、何より自分を苦しめたのかもしれない。

ただ、愛したかった。
ただ、笑ってほしかった。
ただ、一緒にいたかった。

彼みたいな男でも、愛せる自分になりたかった。
彼の心のさみしさに、触れたかった。
抱きしめて、包んであげたかった。


この手で、幸せにしたかった。


でも、できなくて、ごめんね。
上手く、愛せなくて、ごめんね。
あなたが望んでいた愛し方、私には、ちょっと、難しかったんだ。
ごめんね。

もう、負けを認めるね。
ここで、さよならだけど、
ここまで人を愛せた自分を、誇らしく思うよ。

こんなに、愛させてくれて、ありがとう。
幸せになってね。
心から愛せる人、あなたも見つけてね。
私も、また、あなたより好きになれる人を見つけるよ。
そして、今度こそ、愛し続けるよ。





だから、私は、今日も走る。





また、誰かを愛したいから。
傷ついても、転んでも、それでも、
本能のままに愛し抜くことが、
私にとっての人生だから。

将来的にはきちんと引退して、
終身名誉監督の座を狙っているのだけど、
一生現役の可能性もあって、
今世の間に引退までこぎ着けるのか、心配である。

それでも、私の本能が愛することをやめない限り、
きっと走ってしまうでしょう。
いつか、この走り方を、
私らしいと笑ってくれる人に出会うまで。

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