恋愛アスリートを卒業し、恋愛アーティストとして、 生きていきます。

恋愛アーティスト


自分が本当は何をしたくて、
どう生きていきたいのか。


そんなことをずっと考えていた。


考えすぎてよくわからなくなった私の中に、
それでも残っていた、
私自身の核に近い感覚で辿り着いたのは、
表現者として、生きたい、
という願いだった。




*****



あれは、4月のことだったと思う。


『恋愛アスリート』という、私の分身に、
違和感を感じたのは。


約1年前、このブログを始めたときに、
恋愛アスリート、という勲章を、私は私に掲げた。


そこからも、
ずっと走って、走って、走って。


走りつづけることは、
これまでもしてきたから、
油断すると走り出してしまうし、
むしろ、応援してくれる仲間ができたことや、
自分自身との心の距離が近づいたことで、
エネルギーが自然と出てきて、
より、我慢強く、力強く走っていたような気さえする。



そして、私は、走り続け、枯れた。


疲れてしまったことを、
認めて、降参して、実感していた4月に、
私は、愛するよりも、
愛されるために生まれてきたのかもしれない、
そう、心で感じる出来事があった。


“愛される”ことなんて置いてけぼりで、
“愛する”ことに自分を懸けてきた私にとっては、
それを感じている自分がいることが、すごく衝撃だった。
それを受け入れようとしている自分がいることも、なんだかそわそわした。



そこから、
自分の中の「愛されたい」気持ちと、
これまでになく純粋に向き合うようになった。


そして、その気持ちの存在を隠せなくなって、
「愛されたい」を抑えながら「愛する」という、
私がこれまでの人生を懸けてきた愛し方のふんばりが、
どうも効かなくなったような、
鈍くなってしまったような、
そんな感覚がしてた。



そんな中で、
『恋愛アスリート』という私の分身だけが、
力強く居座って、今の裸の私とは離れていくような。


だけど、恋愛アスリートという言葉に宿るのは、
たしかに、これまでの私の生き方そのもので、
その勲章に対する愛着もあって、
それを手放すことなんて、
全く浮かんでいなかった。


でも、本当の自分の在り方や、
自分の感覚を、私はずっと探していた。



そんな中で、
私に、心のままの愛、を教えてくれた、
みさほさんと、約1年ぶりに、会う機会があった。


今、思えば、
このタイミングで、みさほさんに会うことは、
私にとってどうしても必要なことだったんだと思えてくる。




「愛ちゃんは、カウンセリングにテーマを決めるんじゃなくて、自分の世界に、名前を付けたらいいと思う」


という、わくわくしてたまらないような
アドバイスをもらった。


なんだかとても嬉しくて、
くすぐったくて、
私はその感覚に身をゆだねた。



浮かんできたのは、
自分だけの世界で、
思いっきり、表現できる空間。







『愛のアトリエ』







その言葉が、
私のもとに、すとん、と舞い降りた。



複雑な形の溝にぴったりはまって、
それでしかない、というような感覚で。



~~~~~~~~~~~~~~~~

生まれ持った愛が大きすぎるが故に、
愛に泣き、迷い、悩み、疲れてしまった私が、
もう一度、愛に笑い、開き、信じ、委ねられる「わたし」に戻るための場所。



もう一度、自分の愛を見つけにいく

もう一度、自分の愛に触れていく

もう一度、自分の愛を取り戻す



私がわたしの中の愛を感じる空間。

そして、あなたも自由にあなたを表現できる空間。

愛に迷い、愛に傷つきながらも、私は自由に愛を描くから。


だからこそ、
あなたの心を、思いっきり表現してみてほしい。

あなただけの愛の物語を、描いてみてほしい。



すべてをさらけ出して生きることが、
愛に繋がるから。

愛に泣き、愛に喜び、
本当の 「わたし」を
愛することができるようになるから。


~~~~~~~~~~~~~~~~


私は、
この『愛のアトリエ』で、
自分の愛を描き続ける。


そして、 あなたの愛の案内人として、
あなたが、あなたの中の愛に触れ喜びを感じられるようになるまで、
手を取り、導き、感じ、
そして、あなたが安心して歩いていけるまで、見届ける。



そんなセッションがしたい、と思った。

私は、そんな、セッションがしたい。

生きている、私、そのもので。




*****



だけど、
心理カウンセリング、という、
伝わりやすい言葉から離れて、
どんどん、言葉では伝えられない、
感覚的なものになっていってしまうような気がして、
届かない気がして、怖くなる私もいる。



言葉、という形に残さないと、
何も届けられないような、そんな気がする私がいる。
何かを届けないといけない、そう思っていることも、思い知る。



だけど、言葉で伝えられないものの中にこそ、
大事なものを感じてきたし、
形のないものにこそ、
心の奥の形の名前のない場所を、
強く揺さぶられるのもまた事実で。



こんな世界の中で、
どんなふうに生きたらいいのか、
自分の愛がどこにあるのか、
迷い、わからなくなることばかりだけど、
わかりやすい形で、安心して見つけられるものが欲しくなるけど、
それでも、安心のその先で、
形のないものを求めて、感じて、表現して生きることを、
止めたくない。


表現者として生きたい。
そう思う、私がいた。



愛情満タンという、
カウンセリングのテーマも、
ついこの前、決めたばかりなのだけど(笑)


それでも、思いついた、今。


その瞬間が、とても尊くて、はかないものに思えて、
今、その瞬間の温度の中でしか生きられない、純度の高い感情がたしかにある。

その、一瞬の中にしかない、
今、と、今を、繋げて、
そのはかない感覚と感覚の間を手繰り寄せて、
私は生きていきたい。



今の自分の感覚に嘘をつかない。

それは、ブログでも、カウンセリングでも、人生でも。
これまでずっと、嘘をついて、
ごまかして、生きてきたからこそ。

今の感覚を生きることでしか、
私は、きっと、自分を生きられないような気がしてる。



私のカウンセリングは、私、そのもの。
ひらひらと揺れ動いて移り変わっていく私、そのもの。


そうだとすると、移り変わっていくことは、
避けられないような、当たり前のことなのかもしれない。


その瞬間、目の前のあなたの心に触れて、感じて、
変化していく、私、そのもの。

それならば、そこに、決められた枠なんて、いらないのかもしれない、と思った。




*****



そして、みさほさんは、
表現者でいたい、という私に、


『恋愛アーティスト 愛野ひと』


という分身を、伝えてくれた。


私は、その言葉を見たとき、
恋に落ちたときみたいに、
鳥肌が立って、
いてもたってもいられなくて、
全身の血が体中を駆け巡って、
嬉しくて、嬉しくて、たまらなくて、
私の周りを包んでいたもやもやが、
一気に晴れていくのがわかった。




ああ、私、アーティストに、なれるんだ。



なっても、いいんだ。



アスリートは、卒業だ、と、
自然と思えた。



ずっと、私を支えてくれた勲章。
ずっと、私を愛に向き合い続けさせてくれた軸。



だけど、ここで、
お別れ。

今の私の生き方や願いに、
もっとぴったりと合う分身と、出会ってしまったから。



私が、アスリートを卒業するときは、
愛し愛されるたったひとりの人に出会えたときだと、
そう信じて疑わなかったのだけど。


思いもよらない方向で、
私は、私の生き方を、卒業しようとしている。笑


まさか、運命の人に出会う前に、感覚一つで、
アスリートを脱ぐ日が来るなんて、
1年前の私は想像もしなかった。

どんな風に生きたいか、
その自分の感覚が、
アスリートを選ばなくなる日が来るなんて、
思わなかった。



きっと、
アスリートとして生きたこの十数年間は、
これからの私を、すごく優しく、包んでくれるだろうなと思う。


私は、アスリートだった過去も含めて、
表現しながら、
私を生きていくよ。




歌うことが大好きで、
歌手になりたかった。

話すことが大好きで、
人前で話す仕事につくことを夢見ていた。

幸せ、をそのまま写真で撮りたくて、
結婚式のカメラマンに憧れた。

俵万智や、相田みつをみたいな、一瞬の文章で
人の心を掴んで離さないような、
詩人に憧れた。

オーダーメイドのケーキの存在を知って、
こんな風に誰かを喜ばせられるようなケーキを作りたいと、
パティシエを目指そうとした。


私は昔から、夢見がちな子だったから、
夢は、移り変わり、たくさんあった。

全部、本格的な1歩は、
踏み出すことは無かった夢たちだけど。


でも、今思うと、
表現する、ということへの、熱望だったのかもしれない。



今は、文章を書く、という表現方法に
自分が一番宿っているのだけど、


今の私になる前の、
たくさんの諦めてきた私が、
すごく、喜んでくれているような気がした。




もう、何も、諦めなくていい。


ずっと、なりたかった、
アーティストに、私は、なれる。


自分で、決めるだけ。




アーティストと名乗るなんて、
なんだか、
自信があるみたいで、
すごく恥ずかしいけれど。


私は、こんなに、未熟なのに。
私は、こんなに、途中なのに。
私は、こんなに、何もないのに。



それでも、私は、
この、何もないありのままを、
見つめながら、生きるよ。


かっこいい自分ではなく、
よくできた自分でもない、
どうしようもない自分を、
置いてけぼりの自分を表現することで、
私は、私に戻っていける。

そんな気がするから。


恥ずかしさも、
未熟さも全部抱きしめて、
私は生きていく。



恥ずかしいまま、叫ぶよ。



私、アーティストとして、生きていきます。



私を、表現して、生きていきます。





愛野 ひと

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