プロフィール

小学校に上がる頃。私はお母さんを亡くしました。

そのとき、さみしいという感情に、蓋をしました。

そうしないと、さみしくてさみしくて、
死んでしまうと思ったから。

思えばそれが、 私の恋愛アスリート人生の始まりでした。

さみしさを埋めるように、たくさんの恋をしてきました。

さみしさを封印したことで、
鈍くなってしまった私の心には、
持ち前の情熱が多かった分だけ、
とても強い刺激が必要でした。

ちょっと遠い人、手が届かない人、好きになってくれない人、私よりもさみしそうな人…。

一生懸命、生きていることを実感するために、
刺激的な相手に恋い焦がれるのが、私の人生でした。

何度も泣きました。
何度も傷つきました。
傷つけたことも、何度もあったでしょう。

愛そうとして、たくさん失敗しました。
愛そうとしてくれた人を、たくさん見送ってきました。

特攻隊長と呼ばれました。
片思いのプロと呼ばれました。

何度転んでも、傷だらけになっても、
それでも、立ち上がり続けました。

そして、ある日、立ち上がれないほどぼろぼろになって、気がつきました。

ほんとうは、ずっと、さみしかったこと。
手の届かないお母さんに、愛して欲しかったこと。

もう二度と会えないお母さんの愛が、
欲しくて欲しくて、たまらなかったこと。

だから、手の届かない相手を強く強く求めてきたのかもしれない。
これまで好きになった相手への想いは、
私の、お母さんへの精一杯の愛でした。

そして、それがわかった私は、


それでもなお、1番大好きな人と出会い、
愛し合うことをあきらめていません。

まだまだ、懲りる気配もなく、転がり続けています。


あれっ………
お前、まだ転がるの?(笑)


心理学のあるあるだと、
ここで、お母さんと心が繋がって、
これまでのパターンを手放して、
愛し愛される恋ができるようになるんじゃないの?

私も、そう思ってた。

でも、私という女は、そんなもんじゃ満足できなかったようです。

私の頑固さは、あるあるに収まるような度合ではありませんでした。
私の理想の高さは、さみしさからくるものだけではなく、
単純に、そういう性癖でもあったようです。(笑)

さみしさから始まった私のアスリート人生。
ただの逆転劇では物足りず、
9回裏2アウト満塁からの大逆転じゃないと、
終われないようです。

生まれながらにして、
高みを目指すことに命をかけるアスリートだったのです。

それならば、しかたない。

私は、開き直りました。

あきらめることを、あきらめました。
メンクイでいいじゃない。
頑固でいいじゃない。
本能でしか恋ができない。
自分の理想に、嘘はつけない。

それが、私だから。

お母さんも、きっと、豪快に笑っていることでしょう。
「それでこそ、私の娘。」
そんな声が聞こえました。

それもそのはず。

だって、
「愛し、愛されますように」
そんな願いを込めて、愛、と名付けてくれたのだから。
自分に当たり前のように宿っている、名前。

ああ、そうか。
名前なんて、空気みたいに当たり前で、
気づかなかったけれど。

だからこそ、
当たり前のように、
呼吸するように、
誰かを愛してしまうんだ。

命を燃やして愛に生きてしまうのも、当然でした。

愛することは、私の使命でした。

愛されることは、私の使命でした。

ずっとずっと欲しかった、お母さんからの愛は、
生まれた時から、私のところにありました。

これっぽっちも、
悩む必要、ありませんでした。

だから、もう、
心置きなく、自分が望む愛に生きようと決めました。

そして、その愛を、
私のような自分の愛を貫いている頑固者たちを
応援することにも、 存分に使おうと決めました。

そうやって、生まれたのが、
私、愛野ひとというカウンセラーです。

正真正銘、現役の恋愛アスリートであります。押忍。
どうぞ、お手柔らかに。

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