あなたの期待に応えられなくて、ごめんなさい[2] ー接客業を挫折し続けてきた私の罪悪感ー

仕事

前回の記事の、続き。


心配する家族を説得して、
人の心に寄り添えるような人になる、
という夢をもって
晴れて社会人になった私。


そんな私の前に、
高すぎる自分自身のプライドが
立ちはだかった。


私は、できない自分が、許せなかった。


新人ができないことなんて、
当たり前。
今の自分にできることを、
精一杯やればいい。

頭ではわかってる。
わかってるつもりでも。
許せなかった。

常に100%で、
常に期待以上で、
常にできる人でないと
いけないと思う気持ちが、
私をいつも、
苦しくさせた。
申し訳ない気持ちにさせた。


こんな私で、ごめんなさい。
こんなことしかできなくて、ごめんなさい。
私は、本当は、
あなたに何かしてあげる資格なんてないんです。

そんな気持ちでいっぱいだった。

だから、商品を勧めることにも
罪悪感がつきまとい、
お客様に何かを勧めることが
とてつもなく嫌だった。

でも、仕事だ。
勧めることを、私は求められている。

本当は勧めたくないのに、
勧めないといけない、
という状況が、私の心を削っていった。


だけど、それを認めることも、
私のプライドが許さない。

だから、
やりたい仕事じゃないからやる気がでない、
自信を持って勧められる商品じゃないのが悪い、
これが私だから仕方ない、と開き直り、
自分が仕事に夢中になれないのを、
会社や周りのせいにしてた。


たわいもない話であれば、
表面上は、笑顔で楽しく接客できる。

だけど、本当は息が詰まるような、
接客だったかもしれない。

それでも、
あの頃、
私を受け入れてくれてたお客様は、
仏様だったなあと思う。

もしも会うことがあったら、
あの時は、支えてくれて、
ありがとうございました、と、
そう伝えたい。



そして、当時の私は、
謝ることもできなかった。

自分のことを許せないのだから、
今思えば当然なのだけど。

失敗することや、叱られることが、
自分でも不思議なくらい、
異常なまでに嫌だった。
怖くて怖くて、たまらなかった。

先輩から叱られても、
私は悪くないんです、という顔をして、
受け流して開き直るような態度を
取ってしまうときもあった。


ある日、接客中に、
お客様の襟を濡らしてしまった。

サービスの内容上、
気を付けていても起きてしまうことなので、
気付いた段階で、
即、謝って、ドライヤーで乾かす、
というマニュアルになっていた。

濡れた可能性があるときは、
感覚でなんとなくわかる。
どう考えても、すぐに確認するべきだった。

だけど、私は、
見て見ぬふりをした。

今思い出しても、
苦しくなるのだけど、
当時の私は、やり過ごそうとした。

その方が、
帰るときに、
受付で、「首が、濡れてるんですけど…」と、
静かに言った。

やばい、と思った。
怒られる、と思った。

店長が、慌てて謝って、
その方を席に連れて行って、乾かした。

そのお客様は、当然、
不満そうに帰っていった。


でも、店長は、怒らなかった。
誰のせいなのか、
問い詰めることもしなかった。

わかっていたのかもしれない。

でも、
「ちゃんと、乾かしてあげてね」と、
スタッフ全員に、注意しただけだった。


素直に謝れなかったことで、
自分の非を認められなかったことで、
仕事が終わって家に帰っても、
次の日になっても、自分を責め続けた。

そして、今でもたまに、思い出す。
あのときのお客様に、
申し訳ないことをしてしまった、って。







あの頃、
どうしてそんなに怒られるのが怖いのか、
謝ることが嫌なのか、
自分でもわからなくて、
ただ、苦しかった。

でも、それは、
誰よりも、
自分が自分を限界まで責めていたからだったんだと、
今はわかる。


自分で自分を責めていたからこそ、
それ以上言われることが、
何より嫌だった。

もう、十分わかってるから。
だから、言わないで。

私の心は、そんな風に叫んでいた。

私の罪悪感の器は、
いつも自分の分だけで限界ギリギリで、
これ以上誰かの意見を入れる余裕なんて、
これっぽっちもなかった。

罪悪感の貯蔵量ランキングでいったら、
十分に新卒部門で
日本代表になれるレベルだったと思う。


だけど、幸い、
私は人に恵まれた。

お客様も、同期も、先輩も、
理不尽に責めてくることはない、
優しい人ばかりだった。

自分のプライドを守るためだけに、
必死に失敗しないように取り繕っていた
張りぼての私を、
認めてくれてた同期。

開き直るような態度の私を、
しっかり叱ってくれたり、
受け入れて向き合ってくれた先輩たちは、
本当に人間ができていたと思う。


だけど、
私は罪悪感で溢れすぎていて、
そんなことにも気付けないほど、
自分のことで精一杯だった。

真っ暗な崖に落ちる一歩手前で、
一番酷い時は、
本当に信じられないのだけど、
接客業なのに、お風呂に入る、
ということができないまま、
さすがに何もしないわけにもいかず、
濡れタオルで拭くだけ拭いて、
それで出勤した日が何度かあった。

家に帰ってきて、死んだように寝て、
翌朝、文字通り
体を引きずるように家を出ていた。
(その後、お風呂に入れなかったり、
身だしなみに気を使えなくなる、というのは、
鬱の初期症状の一つでもあることを知った。)


毎日毎日、1日が終わるのを、
心を無にして待った。
何もかもが、嫌で嫌で仕方なかった。


そして、私は、退職した。
1年3カ月。


次は決まっていなかった。
でも、次が決まるまで待っていたら、
おかしくなりそうだった。


だけど、
そのおかしくなりそうなほどの苦しさが、
自分を責めていることが
原因だなんて思いもせずに、
私がやりたいことを
やっていないからだと思った。
毎日を夢中で生きていないからだと思ってた。

だから、
ボロボロの体に鞭を打って、
心が血まみれなことには目を背け、
退職する数か月前から、
もう一度、
ブライダルの仕事に挑戦しようとしていた。

本命のウエディングプランナーは、
第2新卒で、未経験可の求人なんて
無いも同然だった。
だから、照明や音響に関わるような仕事で、
調べて調べて、なんとか求人を見つけた。

面接で、志望動機を聞かれて、
「ずっとやりたいと憧れていた職業に、
今度こそ挑戦してみたい」と正直に伝えた。

面接官のおじさんたちは、困った顔をして、
顔を見合わせて、苦笑いしていた。

自分を上手く表現できない悔しさと、
場違いなんだ、と感じた虚しい気持ちが、
心に滲んでいったのを覚えている。


そんな中で、偶然見つけた、
ウエディングの会社があった。
とても素敵な会社で、
ここなら夢中になれるかもしれない、と、
恋に落ちた。

たしか、
公式に求人募集はしていなかったと思う。
だから、
持ち前の恋に落ちたときの瞬発力と行動力を発揮し、
なんとかして、
社員の人に会いに行ける機会を作った。

そして、面接の機会をもらえた。
自分なりに万全の準備をして、
自分の情熱が伝わることを、必死に願った。
でも、届かなかった。

どんなに取り繕っても、
どんなにキラキラしてみせようとしても、
そこには、
一緒に働きましょう、と
言われる私はいなかった。

そして、
この人たちと私は違う、
こんな素敵な人間にはなれない、
という劣等感が、私の心に影を作った。


でも、数か月後、
チャンスはもう一度めぐってきた。
私の退職と時を同じくして、
その会社が、
結婚式当日のアルバイトスタッフを募集し始めた。

社員としては無理でも、
結婚式に携われるなら、と、即応募した。

想いを込めた志望動機が認められて、
スタッフに合格した。

今度こそ、と思った。


そして、
緊張と期待を胸いっぱいに参加した、最初の日。

私は、風船を作る係に任命された。
その係は私一人で、
一度説明された後は、完全に一人になった。

もともと器用ではないから、
上手くいかない。
でも、聞ける人は周りにいない。

そして、時間がかかりすぎ、と、
言われてしまった。

風船の口を縛るときに
使っていた人差し指の皮が
ベロンと剥けてしまった痛みをこらえながら、
情けなくて、涙が出そうだった。


現場は、
とにかく時間までに
間に合わせるのが最優先。
それは当然。

その戦争状態の中で、
風船以外にも、初めてやるようなことを
ほとんど説明なしでやって、
遅い、と言われてしまったり、

ちんぷんかんぷんな内容を、
ゲストの人から聞かれ、
社員の人に確認して、伝えにいったら、
もうそこにいなくて、
会場を探し回って、やっと見つけたり。

私はパニックになりながら、
その1日を過ごした。


ここにいてごめんなさい、と思った。
何もわからなくて、
ごめんなさい、と思った。


運営を、責める気持ちは全くない。
社員さんはみんな、
私がなりたかったような
情熱溢れる素敵な仕事人だったし、
愛の溢れる素敵な式だった。


できない私がだめなんだ、と思った。
臨機応変に対応できない私が。
スムーズに理解して、器用にこなせない私が。
積極的に自分から動いていけない私が。


でも、今、思い返してみて、
私が役立たずだったわけでは、
なかったのかもしれない、と思う。


自分が、傷だらけ過ぎた。


傷だらけ過ぎて、
自分がそこでできることを
精一杯やろうとする前向きさが、
周りのために
自分から率先して動けるエネルギーが、
誰かのために
自分を純粋に捧げられるだけの情熱が、
当時の私には、残っていなかった。

ただ、それだけだったんだと、
思う。



その日の夜、家に帰って、
もうこれ以上、
こだわらなくてもいいや、と、
私には、
やっぱり、向いていなかったのかもしれない、と、
朝から晩まで動きっぱなしで、
棒のようになってしまった足の、
親指の巻き爪が、
血が滲んで真っ赤に染まっているのを見ながら、
ぼんやりと思った。


その後は、会社からバイトに送られる
メールを開くことすら、怖くなった。
(これも罪悪感だったんだ、と、
今ならLINEを未読放置する
野良猫の気持ちが痛いほどわかる…)

そして、
次のバイトを入れないまま、
何も言わないまま、
やっとつかんだ憧れの場所に、
私は行かなくなってしまった。


………あれ。
これで、何回目の挫折だ?(笑)

5回目でした。
遡って数えたよ。



そんな風に、
ブライダルへの憧れから始まった
私の接客業への挑戦は、
5回の失恋をもって、
諦めと、疲れと、無力感と、劣等感で、
自分で半ば強引に幕を閉じた。
というか、幕を上げ続けていた糸が、
ぷつんと切れてしまった。

全然やりきってはいないのだけど、
自分の情けなさを感じるのが嫌で、
もうこだわりがなくなった、
ということにしないと、
終われなかった。

そして、私は、
やりたかったことを諦め、
仕事に対して諦め、
目の前の生活を、生きていくことにした。




ここまで読んでくださって、
本当にありがとう。
明日で、完結です。

情けなさ丸出しですが、
明日も読んでくれますか…?(笑)

コメント

  1. やも より:

    自分と重なりすぎててびっくりです!世の中で私以外いないと思っていました。が、どうやらいらっしゃったようです。ということはこのブログの他の読者様の中にも…。笑
    やはり共感できると、安心出来るものですね。いつもありがとうございます〜!

    • 愛野ひと 愛野ひと より:

      やもさん

      こんなところにお仲間が!
      ここにいますので、
      安心してください(笑)

      案外、いないと思っているのは自分だけで、
      この広い世の中、
      同じようなことを感じたことのある人は、
      いるのかもしれませんね。
      自分が否定している部分ほど、
      誰かには見せたくないものですもんね。

      案外みんな思っているけど、
      見せているか、見せていないか、だけの
      違いなのかもしれないなあ、と。
      (と言いつつ、書きながら自分の情けなさに
      打ちひしがれてましたので、
      やもさんが共感してくださって、
      私も、救われています)

      私自身の体験ではありますが、
      いつも、私の言葉が、
      たとえ一言でも、
      画面の向こうの誰かの心に届くといいな、
      と思って書いているので、
      やもさんのコメントで、
      私の心も、ひとりじゃないと思えました。

      こちらこそ、
      いつもありがとうございます。

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