「私を愛さないのなら、死んでほしい」の裏にある才能。

🌹恋と愛に悩むあなたへ

「私を愛さないのなら、死んでほしい」の裏にある才能。


***


🌹愛しすぎる女の絶対的相棒🌹
愛情カウンセラー・愛情アーティスト 愛野ひとです。



「私を愛さないのなら、死んでほしい」



愛しすぎる女であれば、
人生で、
一度や二度や三度くらい
(足りない人は足してください)
思ったことがあると思います。


私もね、そりゃあ、あります。

3回。



この彼と、

この彼と、


ブログに出て来たことのない人に。



もともと、今日の話は、
「大嫌い」
というテーマで書き始めて、

大嫌いな人のことは、
好きなだけ、嫌ったっていいよね。

だって、大嫌いになるしかないほど、
大好きだったんだよね。

そんなことを伝えたくて、
書いていたのですが、

「大嫌い」っていう感情を、
私の中で探して、感じていたら、
あれよあれよという間に、
たどり着いたのは、この、激しい表現でした。

「大嫌い」は、
愛しすぎる情熱の女語に翻訳すると、

「私を愛さないのなら、死んでほしい」
私は、この言葉になると思ってます。



もちろん、本当にそんなことを
望んでいるわけではないけれど。


でも、自分の中の
このどうしようもない、
怒り、憤り、恨み、衝動、
胸の奥からふつふつと湧き上がってくる、
抑えきれないほどの感情を、
表すのにそれ以上の言葉が見つからない。

そんな状態。


「死んでほしい」という
激しい表現ではないとしても、

「沈めてやる」とか
「末代まで呪う」とか
「この世から消えてほしい」
とか、思うじゃないですか。

(え?思わない?思うよね、情熱の女だもの。)


心を握り潰されているような痛みや、
喉の奥がきゅっと狭くなるような息苦しさや、
全身を駆け巡るどろどろとした怒り。

そんな、
とても手に負えないものたちを、
オブラートでぐるぐる巻きにして、

私たちは、

「大嫌い」「憎い」「顔を見るのも嫌」

という、少しマイルドな表現にしてみたり。
(マイルドかどうかは当社比)


もしかしたら、
「大嫌い」という自分の気持ちに
素直になれているなら
まだいいほうで、

無理にでも関わらないといけない相手だったり、
はたまたもう会えない相手だったりすると、

「嫌い」という感情を隠したり、
もうどうすることもできないと
自分に言い聞かせて、
感情を固めて、無いものにして、

「なんとも思わない」「関係ない」

そんな想いを持つしかない。


そんなことだって、
あると思うんです。


これが、
恋心という関係で繋がった他人ではなくて、
血の繋がった家族だったりすると、

血が繋がってることを思うだけで、
自分に対しても、
嫌悪感や、疎ましく思えたり。


「なんで、私の親は、この人なんだろう」

「なんでこの人から、生まれてきてしまったんだろう」

と思ったり。

そして、そんなことを思ってしまう自分を、
本当は、心のどこかで、責めてたり。

そんな、
トゲトゲで、
暴力的で、
鋭いナイフみたいな切れ味の感情たちは、

誰かも自分も傷つけるように思えて、


いつも、
責められて、
否定されて、
避けられて、
腫物扱いされて、
受け入れてもらえなくて、
ダメなもの、害のあるものにされて、
無くした方がいいもの、
消さないといけないもの、
そんな扱いを受ける。


だけど。

だけど、
誰かを愛して、愛されて、
生きていこうとするとき、

綺麗事だけじゃ語れない、
感情を抱えて、
誰かと心で繋がろうとするとき、

私たちの中に、
あたりまえに、
存在する感情なんだと思います。



少しだけでいいから、

少しだけ、
あなたが、
その人を「大嫌い」になる前を、思い出してほしいんです。


あなたがね、その人を、
最初から、本当にどうでもいいから、
「大嫌い」になったのかっていうと、
きっと、そうではないんじゃないかって、思うんです。


もしかしたら、
そんな時期のことを、
無かったことにしてたり、
強制的に忘却の彼方に
すっ飛ばしてる場合は、
ピンとこないかもしれないけれど。


どうでもいいことにしておかないといけないほど、
無関心にならないといけないほど、
あなたが、
その人のことで心動かされて、
傷ついてきた瞬間があったんじゃないかって、


大嫌いにならないと、
許さないでいないと、
自分を保てないくらい、
傷ついて、報われないと
感じてしまったあなたがいたんじゃないかって、
思うんです。


あなたにとって、
今、「大嫌い」な、その人は、

昔のあなたにとっては、

「大切にしてほしかった」

「わかってほしかった」

「愛してほしかった」

相手だったんじゃ、ないでしょうか。


私たちは、きっと、
本当にどうでもいい人に、期待はしません。

大切ではない人に、
「大切にしてほしい」と、望むことはありません。

愛してない人に、
「愛してくれ」と、怒ることはしません。



「大切にしてほしかった」

「わかってほしかった」

「愛してほしかった」

って、私たちが思うなら、

それは、
あなたにとって、

「大切だった」

「わかってあげたかった」

「愛していた」

相手なんだと思うんです。


そしてね、
感情も、関係性も、
移ろっていくものだから。

ずっと同じくらい
「大嫌い」でい続けるって、
実は、すごくエネルギーがいります。


でも、あなたは、
きっと、あの人のこと、
人生のところどころで思い出しては、

「あの人さえいなければ」

「あんな人を好きにならなければ」

「どうしてあの人が私の親なんだろう」

「あの人のせいで」

って、考えてる。


あなたの人生の中で、
その人のことを考えることに、時間を使ってる。

そして、

そんなふうに思う自分のことを責めて、
その感情を、一生懸命無かったことにしたり、

忘れられないでいる自分のことを責めたり、
感謝できない自分のことを責めたりしてる。


それはね、
「大好き」になりたかったのに、
それができない自分を、
責めているってことなんじゃないかと、思うんです。


私たちは、きっと、

何の思い入れもない人のことを、
嫌い続けることは、できません。

どうでもいい人のことを、
考え続けることは、できません。

大切ではない人のために、
自分のことを、責め続けることは、できません。


だから、

「大嫌い」
「憎い」
「顔を見るのも嫌」
「なんとも思わない」
「関係ない」


それを、
もしも、ずっと、
思い続けているのなら、

あなたが、あなたの心を、
同じ感情にずっと留め続けているのなら、

すべて、
「愛してる」の裏返しなんじゃないかって、思うんです。




でもね、
「愛」だと言われても、

こんなに苦しいのに、
愛があるわけがない、
そう思うかもしれないし、

そんなにも、
誰かが、心や人生に、
入り込んでしまうことを、
「依存」や「癒着」として、
悪者にする考え方もあるだろうし、

そして、誰よりもあなた自身が、
そんな自分を、
「依存」したらだめって、
「癒着」を手放そうって、
思ってきたかもしれません。


だから、私に、
あなたの才能の話を、させてください。

死んでほしいほど、
憎くてたまらないほど、相手を嫌いになれる、
あなたの才能の話を。



あなたのその、
嫌でたまらない感情の裏には、
苦しいドロドロの感情の裏には、
「私を愛さないのなら、死んでほしい」の裏には、


私の全てをかけて、
あなたを愛した私を、わかってほしい。

こんなにも命がけで愛した私を、
大切にしてほしい。



大好きな大好きな、
たったひとりの、あなたに、
どうか、私を、愛してほしい。





あなたにとって、
簡単には声に出せないくらい切実で、
触れたら、壊れてしまいそうなくらい脆くて、
少しでも否定なんてされたら、
自分の存在ごと潰れてしまうんじゃないかと思うくらい、


大切で大切で、
なんとしてでも守りたかった、
何も鎧を纏えないような、
ほんとうの気持ち、
が、あるんじゃないでしょうか?



傷つくことなんて厭わずに、
自分の望みをごまかしたりせずに、
愛されないことを疑ったりせずに、


ただ、真っすぐに、
愛する人に、愛されることを求めていた、
あなたが、そこに、
いたんじゃないでしょうか?




あなたが、そんなにも、
叫んでいるのは、

あなたが、
その人に愛されない世界を
憎まないといられないほど、
その人が、あなたの世界の全てだったからでしょう?


その人に、
わかってもらわないと、
愛してもらわないと、
生きてる意味がないくらい、
あなたの全てをかけて、
愛してたあなたがいたからでしょう?



あの人を愛するために、
生きてたあなたが、いたからでしょう?




けれど、それが、
叶わないと諦めてしまったから。

諦めざるを得ない状況も、
望むことができない理由も、
きっと、たくさんあったと思う。


だけど、
そのあなたの「愛してる」は、
あなたの命、そのものだったから。



だから、
「愛してる」ままでいたら、
傷つきすぎて、苦しすぎて、壊れそうで、

ほんとうのほんとうの、
「愛してる」を、守るためにも、

「大嫌い」に、
なるしかなかった、
あなたが、いたんじゃないかって。


「あんたのせいで、こんなに私は苦しい」
そう、言わずにいられなかった、
あなたが、いたんじゃないかって。


間違っても
「愛されたい」なんて、
願わなくて済むように。


これ以上、
あなたの「愛してる」が、
無くならないように。





あなたはね、
あなたは、
それだけの思いで、
命がけで、人を、愛せる人なんです。


そのあなたを、
あなたが、
わかってあげていないから、苦しいんです。


そんなにも愛したあなたを、
あなたが、許してあげていないから、
苦しいんです。


そんなにも愛せる、あなたの愛を、
あなたが、
ずっと否定し続けて来たから、
満たされないんです。


大好きな人を、
大嫌いにならないといけなかった、
あなたの引き裂かれそうなほどの痛みを、
あなたが、ずっと無視しているから、
痛いままなんです。





ねえ。

全てをかけるほど、
愛したかったんでしょう?




愛しすぎてしまうのが、
あなただから。


それで、いいんです。






***


誰かのことを「大嫌い」と言う感情は、
「愛してる」の裏返し。

だからこそ、
「大嫌い」を無理やり「大好き」に、する必要もない。

「大嫌い」なうちは、好きなだけ、「大嫌い」でいい。

思いっきり「大嫌い」と叫んでいるのもだよあなたの愛のかたち。


だけど、もしも、
「大嫌い」なことで、


ずっと、
あなた自身が苦しいのなら、
あなた自身が自分を責めているのなら、
あなたがあなたを否定してしまうのなら、
あなたの人生がいつも息苦しくなってしまうなら、

そのことに気付いたのなら、
あなたのその感情を、
見つめるタイミングなのかもしれません。


その裏にある愛を、
一緒に見つけていきたいと、思うんです。

せっかく、
そんなにも、
愛しすぎてしまう情熱の女に、
生まれて来たのなら、

その愛で、
誰かを憎むより、
恨むより、
復讐に生きるより、
自分も誰かも傷つけて生きるより、


あなた自身も、誰かも、幸せにして、
生きていってほしい。


その人の不幸にを考えるよりも、
あなたの幸せを考えることに、
あなたの愛と命を使っていってほしい。


あなたのその愛を、堂々と誇って、

「私の愛は、私を幸せにできる」

「私の愛は、大好きなあの人を幸せにできる」

そう確信して、生きていってほしい。



だって、あなたは、
それができる人だから。


あなたの愛には、
ちゃんと、世界を変えられるほどの、
価値があるから。



世界中の
「死んでほしい」と思えるほど
愛せる女の愛を、
一つ残らず「命がけで愛してる」に
ひっくり返して、
一緒に生きていきたい。


そんな想いを込めて。




***


少しだけ、
私のセッションを受けてくれている女性のお話。

私のところに来てくださる方は、
まさに、ひとり残らず情熱の女性ですが、
そのうちのおひとりのお話。


数ヶ月前にはじめて会ったとき、
彼女は、お父さんに対して、

「他人みたいに距離を置いている」
「何とも思わない」
「考えるのも嫌」
「口も利いていない」

そう言っていました。


この数ヶ月間、
お父さんに対してだけではなく、
彼女が人生で抱えてきた、
たくさんの感情を、認め、許し、受け入れ、
少しづつ、蓋をしていた心を、
感情という、彼女の「命」を、
一緒に、取り戻してきました。


すごく、嫌な気持ちも、
すごく、苦しい気持ちも、
そのままにして、触れたくない、気持ちもあったと思います。


それでも、
先日のセッションで、

「今日こそは、父を手放すぞ、と思ってきました」
と、彼女が決意の表情を見せてくれ、
ついに、お父さんを、手放すイメージワークをしたんです。

ずっと「無関心」で、
ずっと「嫌い」で、い続けるために、

力を入れて、
「許さないこと」を
握りしめてきた彼女は、
これまでの自分を、
彼女が生きてきたこれまでの人生を
労うかのように、
じんわりと、涙を流していました。


イメージワークを終えた後、
力が抜けてヘロヘロになりながら、


「今日は、この感情に、浸りたいと思います。
頭痛もするし、何か、あったものが、動きました。
嫌な感じも、まだある。

けれど、どう、変わっていくのか、楽しみなんです」
と、帰っていきました。



きっと、
嫌な感じも、葛藤も、痛みすら、
全部が、愛であることを、

嫌な感じを、恐れたり、
避けたりする必要がないことを、

そして、それを自分が受け入れられること。

そのことを、
彼女自身が、気付き、体感したからこそ、
「楽しみ」
そんな言葉を、伝えてくれたのだと思います。


彼女だけでなく、
「愛してる」を、認めることの威力を、
愛することを
自分に許してあげることの喜びを、

そして、どんな感情でも、
私たちは、
ちゃんと自分で受け入れて生きていける。

そんな強さを、
いつも、同志である彼女たちの姿に、
見せてもらい、確信させてもらっています。


あなたも、
あなただけの愛の物語を、
いつからだって、
どんなふうにだって、
描いていくことができます。


「大嫌い」な人がいるあなたも、
恨んでいる人がいるあなたも、
あの人の幸せが許せないあなたも、

愛しすぎて苦しくなってしまうあなたも。


ぜひ、一度セッションに来てみてください。
お待ちしています。


愛しすぎてしまうあなたへ。
ありったけの愛を込めて。


愛野ひと

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