私は、あなたを本気で愛してしまうことが、怖かった

私の愛

「行きたいな」

と、彼は言った。


海外の写真を見ながら、
こんな場所に行きたい、と。


最初に、
彼がそんな話をしたのは、
何回目に会った時だったかな。

話の中で、
なんの脈絡もなく、
ふいに、海外に行きたい、とぽつり。

海外の海でも見ながら、一日中、
本でも読んで、ゆっくり過ごしたいよね、と、
私は答えた。

海外に行きたいという、
のんびりしたいという、
その気持ちがわかるよ、
という感覚だった。

一緒に行けたらいいな、という気持ちが、
意識の端っこを
一瞬だけ、かすめたような気がしたけど、
夢のまた夢すぎて、
思う前に消えていった。



でも、今回、彼が隣でそう言った時。


一緒に行きたい、
と、思った。


前回よりも、
はっきりとした感覚で、
そう思う私がいた。

私は、彼のiPhoneの画面に映る、
写真を覗き込み、
これはどこ?と聞いた。

でも、彼は、
聞こえなかったのか、
返事はなくて、
一瞬の沈黙の後、


「一緒に、行こうよ。」


と、言う言葉が、
私の口から出るのを待ってはくれずに、
そんな私の気も知らず、
もう次の写真を見始めてしまった。


行こうよ。


と、次は、言えるかな。


行こうよ。


と、言ったら、
あなたは困った顔をするだろうな。

もし、困った顔をしたら、
いつかだよ、と言って、笑おう。



いつか、一緒に、行きたい。
ここではない、どこか、遠い場所へ。

私の密かな夢。

会うたびに、
あなたを好きになるたびに、
輪郭がくっきりしていく、
私の夢。


もしも、
私たちの関係が、
一つづつ、
階段を上がっているとしたら。


私たちの距離が、
少しずつ、
近づいているとしたら。


今度は、言えるかな。

いつか、言えるかな。


「一緒に、行こうよ」と。






私は、誰が見ても幸せだと、
わかる愛が欲しかった。

誰が見ても、愛されていると、
認められるような関係が欲しかった。

人から、羨まれるような、幸せな、関係。
みんなに認められるような、幸せな、愛。


今度こそ、
愛し合う恋人たちが、
当たり前にするようなことを、
当たり前にしたかった。


例えば、それは、
行きたい場所に連れて行ってもらうことだったり、
記念日を一緒にお祝いしたり、
形に残るプレゼントを贈り合ったり、
旅行に行ったり、
いろんな経験を一緒にすること。

そんな、ふたりの時間を過ごして、
ふたりの関係性を深めていくことが、
当たり前にできるような関係。


私が、これまで、
当たり前のようにそれをしている人を見て、
嫉妬で胸が焼け焦げそうになって、憧れていたような。
愛されている、ということが実感できるような。


今度こそ、
愛されている女の子たちが、
愛してくれる彼氏に当たり前に望んでいるようなことを、
望んでみたいと思った。


今度こそ、
一番好きな人の、
一番大切にされる人に、私はなりたかった。


ふつう、という言葉は、
いい意味で捉えられないことも多いけど、
一般的にみんなが望む、という意味で、
誰がみてもわかる、という意味で、
愛を疑う余地のない、
“ふつう”の幸せ。

愛されることに対して、
強がったり、我慢したりする必要のない、
“ふつう”の恋。


そんな恋を手に入れるのを、
ずっと夢見てた。

追いかけて転んでばかりだった、
傷だらけの私でも、
そんな恋を手に入れることができたら、
私のぽっかり空いた心が、
埋まるような気がしてた。



そんな私が、
あなたと、出会った。

ああ、出会ってしまった、と思った。

だって、あなたは、
今の私のいる場所から見たら、
とてもとても、
ふつうの幸せの形には、
当てはまらないような場所にいるように見えたから。


もう一度、この人を愛するために生まれてきた、
と思うような恋がしたい、
と望んでいた私が出会ったのは、
よりによって、
あなただった。


だけど、
吸い寄せられるように、
あなたに惹かれて、
まるで、そうなることが決まっていたかのように、
自然に、
あなたを好きになった。


でも、あなたとの恋は、
私が望んでいたような、
ふつうの幸せ、の形に
当てはめたら、壊してしまうと思った。

私の心がふつうの幸せ、を望むなら、
一緒にいることはできないと思った。


だから、
私は悩んだ。

いっそ、壊してしまえば、
楽になるのかもしれない。

壊さないで、
築いていったところで、
いったい、何になるんだろう。

こんなに苦しい思いをするなら、
これは、幸せ、ではないのかもしれない。
これは、愛、ではないのかもしれない。


この形では、
きっと、私の心は満たされない。

そうやって、
何度も泣いた。

でも、どうしても、
壊す、ということが、
私にはできなかった。


私が、会いにいくのを、やめたら。
そうすれば、いつだって、
終わる恋だった。

だけど、終わりにする、ということを、
私はしたくなかった。

涙の夜を超えたら、
どうしても、あなたに会いたくなって、
会いに行ける時間は、
限られていたけど、
その限られた時間を、
どうにかこうにか、大切に守ってきた。


たしかに、私の望んでいた、
ふつうの恋は、
遠ざかっていくような気がした。


私の思い描いていた、
ふつうの幸せは、
夢のまた夢になってしまって、
今は、諦めないといけないことだらけだったし、
この先も、叶うかどうかなんて、
全くわからなかった。

でも、ふつう、じゃないとしても、
私の隣で笑うあなたが、大好きだった。

この人の隣にいたいなあと、
素直に思った。

あなたを受け止めたくて、
あなたを愛したくて、
優しい気持ちになれる時間を、
私は守りたかった。


そして、
ふつうに誰かを好きになる時と同じように、
私は自分に悩んだ。

こんなことを言ったら、嫌われるだろうか。
こんな私を見せたら、嫌われるだろうか。

私には、好きになればなるほど、
自分を出せなくなるという癖があって、
上手く言えないことが、たくさんあった。
自分の気持ちを、たくさん飲み込んできた。

それは、あなたのせいではなくて、
私の心の傷のせいだった。

でも、あなたといると、
ふつうの恋をしているときよりも、
その傷を嫌でもまじまじと
見つめざるを得なかったのかもしれない。

自分に自信がない私にとっては、
不安になる度に、前を向き続ける、
努力が必要な恋だったから。

疑おうと思えば、いくらでも疑えるような、
そんな恋だったから。


ふつう、の恋がしたいなら、
そういう恋ができる人を選べばいい。

それを、しなかったのは、
他の誰でもなく、私。


上手く言葉にできないことがあっても、
今のふたりには、
叶えられないことがあっても、
そのせいで、心が痛む瞬間があっても、
あなたの声を聞いて、
あなたの温度を感じて、
あなたの目尻が優しく下がるその瞬間、
私は幸せだったから。

あなたの隣にいる時間が、
愛しくてたまらなかったから。

だから、
ふつうの恋を探しにいくよりも、
あなたの隣にいられる時間を、
私は選び続けた。

ふつうの恋が叶いそうな人よりも、
あなたの隣にいる時間が、
私は好きだった。


それは、
100人の人が見たら、自分以外の99人は、
それを幸せとは、
言わない形なのかもしれない。

そして、少なくとも、
私を愛してくれた家族が、
私に望んでいた幸せの形ではないのかもしれない、
と思うことが、一番私を迷わせた。

結婚式をして、幸せな姿を見せて、
感謝の手紙を読む、という、
私が夢に描いていた、理想の親孝行。

私が、勝手に背負っていた、
結婚して、子供を産んで、ひ孫の顔を見せる、
という一大ミッションを叶える未来を描くのは、
少なくとも、今は、難しいと思った。

もしも奇跡が起きて、その夢が叶うとしても、
何年後になるか、わからない。
時間が足りないと思った。


だから、また、
私は悩んだ。

あなたを愛した先に、
何があるのか見えないことが、不安で仕方なかった。

もし、
何もなかったら、
私はどうなってしまうんだろう。


それでも、私は、
今、あなたが、精一杯くれるこの形を、
幸せだと、感じていたかった。

だけど、
これが私の幸せだと認めて、
全力で受け取ることを許したら、
もっと好きになってしまう。

私が夢見ていたはずの、
私を愛する人たちが私に望んでいるはずの、
そして、みんなが疑い無く認めるような、
ふつうの幸せが、
もっと遠くなってしまう、と思った。

だから、私は、疑った。
必死にブレーキをかけた。
これが幸せではない証拠を、
かき集めようとした。

彼の言葉は、私だけのものではなくて、
私以外の人にも、言っていることかもしれない。
特別だと思っているのは、私だけで、
彼にとっては、何でもないかもしれない。

まだ、間に合うかもしれない。
これ以上好きになる前に、
引き返せるうちに、
引き返した方がいいのかもしれない。

私がこれまで夢見てた、
ふつうの恋を叶えることに。
その方が、よっぽど、幸せなのかもしれない。


どうしたらいいのかわからなくて、
あなたを愛する努力と同じくらい、
あなたを愛しすぎない努力をした。

それで、
なんとか上手くやっていけるかもしれないと思った。

でも、
バランスなんてとろうとすればするほど、
心はずっと苦しかった。


あなたを愛すると決めること。
あなたを愛さないと決めること。

どちらを選んでも、
幸せになれない気がする日も、
どちらを選んでも、
幸せになれる気がする日もあった。





思い悩む私に、
メシア ジュンコは言った。

「愛ちゃんの、今の常識は、
これまで生きてきた世界の頭やで。
その中で、一生懸命、
人を愛そうと思ったけど限界が来て、
違う世界を見たいって思って、彼と出会った。

でも、あいちゃんの潜在意識の中に、
幸せな世界にいる人は、
彼みたいな人を選ばない。
自分がその幸せな世界に行ったら、
彼を好きではなくなる、という思い込みがある。
だから、幸せな愛の世界に行くのが、嫌なんやろうね。

違うねん。
そっちの愛の世界に行くからこそ、
本当に彼を愛せんねん。

愛ちゃんは、
誰でも愛せる愛の世界に行く勇気がないだけや。

彼が、どんな彼でも、
たとえ彼が総理大臣でも、サラリーマンでも、
彼を人として、愛せる世界。
でもそれは、
たとえ、愛ちゃんを大事にしない彼でも愛せる世界や。
それが嫌なんとちゃうかな。」



嫌だ、と思った。

私を大事にしない彼でも愛せるなんて。

そんな私になれてしまったら、
彼を本気で愛せてしまう、と思った。


そっか。
私は、彼を本気で愛してしまうことが、
怖かったんだ。

だって、
本当に彼を愛したら、
本当に彼を愛せるようになったら、
私という人間が、
これまでの人生が、
変わってしまう。
そんな気が、してたんだ。


メシア ジュンコは続けた。

「これまでの愛ちゃんだったら、その彼は、
箸にも棒にもかからなかった人や。
その先の愛を見に行きたいと思った時点で、
彼のような人を愛せるようになりたいと思った時点で、
愛ちゃんの恋愛は、180度、変わったはず」、と。

もう、
観念するときなのかもしれない。

自分の幸せのために、
生きるときがきたのかもしれない、と、思った。


それは、
私がこれまで、ふつうに、夢見てた、
誰もが欲しいと望むような幸せでもなく、
私の家族が私に望んでいた幸せでもなく、
優等生として生きてきた私の
常識や思い込みが形作った幸せでもなく、

本当に、私が望む、私だけの幸せの形を、
自分の力で、
つくっていくときが。


今までの常識も、思い込みも、
何もない世界で、
愛しかない世界で、
本当に自分が望む幸せの形を描けるとしたら。

そんな力が、私の愛に、
すでにあるとしたら。


それならば。

私が幸せになることも、
彼と一緒にいることも、

今は、どちらも諦めたくない、と思った。


恐れてはいけないと、
思っていた。
怖くて怖くてたまらないのに、
怖がる自分を否定していた。
恐れるなら、愛ではないのかもしれないと、
思っていた。
恐れの先に、幸せなんてないと思っていた。


この恋が、叶わないことが怖かった。
彼が私を本気で愛してくれないことが怖かった。
ボロボロに傷つくことが怖かった。

だけど、私が、
本当に怖かったのは、
自分の世界が変わってしまうこと
だったのかもしれない。

あなたを愛することで、
今までの私の常識が、変わってしまうこと。
私が今まで信じていた、
ふつうの幸せを、手放さないといけないこと。


だけど、そうだとしたら、
この恐れも、
本当はあなたを愛したくてたまらない私が、
いるからこそのものだと、思った。


あなたを愛してしまうことで、
今とは違う世界に行けることを、
自分の現実が変わってしまうことを、
私が、本気であなたを愛せるということを、
本能的に知っているからこそ、
私は、怖いと感じるのだと思うから。


この恐れさえも、
愛なのだとしたら。

好きなだけ、愛を、恐れてもいい。
恐れたまま、彼を、愛してもいい。

愛を恐れる、私でもいい。
それでも彼を愛したいと願う、私でいい。

今、
そんなことを、
思う私がいる。






自分の怖れを超えて、
私は、あなたを愛し続けられるでしょうか。

あなたに愛されたいと、望めるでしょうか。

恐れの裏にある愛を、
選び続けられるでしょうか。


私の愛は、
私の常識を、超えていけるでしょうか。

これまで握りしめてきた愛の形を、
超えていけるでしょうか。



行きたい。

これまでの私が知らなかった世界に、
行きたい、と思った。


自分の常識を超えて、
あなたがくれる幸せを、
本気で喜びたい。

自分の痛みを超えて、
今よりずっと深く、
あなたを愛せる私になりたい。

そして、これまで私が見ていた愛よりも
遥か先の愛の景色を、
見てみたい、と思った。


そのとき。
そんな私になれたとき。

隣にいるのが、
あなたかどうかは、
わからないけど。

でも、あなただったら、
いいな、と思う。

あなたとなら、
とても素敵な景色が見えそうだと思うから。



私は、
今、叶えられないことがたくさんあることを、
悲しんでた。

けれど、
今、できそうなこともたくさんある、
そのことに気付いた。

だから、
今、できそうなことを、
ひとつひとつ叶えていけばいいと思った。

それは、例えば、
いつものお店じゃなくて、
ちょっとおしゃれなお店でご飯を食べること、とか、
映画を観に行って、感情を分けあうこと、とか、
一瞬だけでもいいから、恋人繋ぎをすること、とか、
ただ、少しの間だけ、抱きしめてもらうこと、とか。

そういうことをしたいと、
伝えてみること、から。


私は、あなたとなら、
そのひとつひとつを叶えていく時間さえ、
きっと、愛しく思えるから。

この先、
伝えることができたときの勇気も、
叶わなかったときの切なさも、
めげずに伝えることを選びつづけた強さも、
その先に叶えることができたとしたら、その、喜びも。
どんな瞬間も、
きっと、いつか、宝物に思えるから。


そして、
いつか、あなたと一緒に、行きたい。


ひとりでは、
行けなかった場所に。


ふたりでしか、
行けない場所に。


ふたりだから、
見える景色を見に、



「一緒に、行こうよ。」


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