あなた以外の誰にも、愛させないように

私の愛

ここ最近。

私は、愛に奮闘している。

自分の愛を見つけたくて。
自分の愛を知りたくて。

そんな中で、
気になることがあった。


私の中の

「私は愛されない」

その気持ちは、
どうして、
こんなに、頑ななんだろう。

どうして、頑なに、
「私は愛されない」と
信じて疑わないんだろう。


そこに、
何かがある気がして、

「私は愛されない」

と思う気持ちと、
大切に、正直に、
向き合ってみた。


そうしたら、
「私は愛されない」
っていう気持ちの
もっと奥に、


「誰にも愛されたくない」
「誰にも愛させない」


そんな私が、いることに気がついた。


なんでだろう。

なんでこんなに、
愛されることを拒んできたんだろう。

頑なに、頑なに。
愛させないように、してきたんだろう。

心の奥の感情に、
耳を澄ませてみた。


ああ。

私、もしかして、

お母さんにしか、
愛させないようにしてきたのかもしれない、
と、思った。

お母さんの愛じゃなければ、
いらない。
たったひとりの愛じゃなければ、
いらない。
一番欲しかったものじゃなければ、
いらない。

そんなの、愛じゃない。


わたし、そうやって、
拗ねてた。

だから、どんなに愛されても、
全然嬉しくなかった。


そんなの、愛じゃない。


そうやって、
どれだけの人の愛をはねつけてきたんだろう。
どれだけの人を、
傷つけてきたんだろう。
そして、愛を受け取れないことで、
自分の心も傷つけてきた。


私の、お母さん。
誰よりも、愛してくれた人。
誰よりも、愛してほしかった人。

でも、誰よりも、
遠くへ行ってしまった人。

こんなにも、苦しいなら。
こんなにも、辛いなら。

もう二度と、
愛されてたまるもんか。
愛なんて、
受け取ってたまるもんか。

そんな私が、いたのかもしれないと、
思った。

一番愛されたかったお母さん。
でも、いなくなってしまったから、
もう、二度と、
愛されたいって言えない人。
もう二度と、叶わない願い。


だから、私は、願うことをやめた。


願ってるつもりだった。
愛されようと、必死だった。
でも、心の奥の奥では、きっと、
愛を諦めてる私がいた。
もう二度と愛されたりしない、と決めた私がいた。

愛されたいと、
お母さんに言えないなら、
いちばん大好きな人に願えないなら、
私には、
願う必要なんてどこにもなかった。


だから、
愛されたいって言えなかった。
叶うわけがないのだから。
届くわけがないのだから。



「死って、心理学的には、
見捨てられてしまったのと一緒」
昔々、まだ、お弟子さんではない頃、
師匠にグループセッションで言われたことがある。

見捨てたかったわけじゃない。
悪いのは病気で、誰も悪くない。
娘を置いて死んでいくお母さんの辛さだって、
計り知れない。
そんなことはわかってる。

それでも、私の心は、
見捨てられてしまった、と受け取った。



いちばん愛してほしかった人でさえ、
遠くに行ってしまった。

だから、あなたになんて、
愛せるわけないでしょ。

お母さんも愛してくれなかった私を、
あなたに愛せるわけないでしょ。

だから、あなたも、
私のことを愛さなくていいよ。

置いていっていいよ。
私は大丈夫。


青春時代を全てかけて大好きだった人も、
遠くへ行ってしまった。

社会人になって初めて付き合った彼氏も、
彼に、私より大事なものができて、さよならした。

次に付き合った彼氏も、
最後はさよならさえ言えず、私の前から消えた。


仕方ない。
全部、仕方ないと思った。

だって、お母さんでさえ、
見捨てた私だから。


だけど、どんなに見捨てられても、
私は、
誰かを愛することをやめなかった。
愛されることは諦めていたくせに、
愛することは、諦めなかった。

お母さんに、
大丈夫だってことを、
みてほしかったのかもしれない。

何度見捨てられても、
愛することを諦めなかった私の強さは、
お母さんだけを愛したかった、
という想いの強さだったんだと思う。


お母さん、
私、まだ、誰かを愛せるよ。
だから、大丈夫だよ。
こんなに、強いよ。
何度だって、立ち直れるよ。
そんな風に、
自分の存在を伝えてた。

そして、
お母さんにしか愛させないことで、
お母さんに愛されてた心の場所を、
ずっと守り続けたかったのかもしれない。

お母さんがくれた愛情だけを
ずっと握りしめて、
他の誰かの愛で上書きせずに、
感じていたかったのかもしれない。


愛は、限られたもの。
愛は、儚いもの。
愛は、無くなってしまうもの。

そんな思いで、
必死に、必死に、
握りしめて離せなかったのかもしれない。

だから、お母さんにしか愛させず、
お母さんしか愛さない心の領域を、
聖域みたいにして、私は守ってた。

たったひとりしか入れない、私の心。
たったひとりのための、私の心。

それは、一番愛してた人がくれた、
私の宝物。
だけど、誰を好きになっても、
ずっとずっと、さみしい理由。



でも、今は、
なんとなく、わかるようになったよ。

握りしめたりしなくても、
お母さんがくれた愛はずっとあること。

なくならないってこと。

愛は、そんなに、
簡単になくなるようなものじゃない。

愛の記憶は、
そんな脆くて儚いものじゃない。

私が今日まで、生きてこられたこと。
私が今のこの一瞬に、
心臓の鼓動を刻んでいられることが、
愛を注いでくれた、証だと思うから。



あのね、お母さん。
私、お母さんが大好きすぎて、
ずっと、いちばんだったの。

21年経った今も、
まだ、大好きなの。

私ね、たぶん、
お母さんに、大好きって、
言えてなかったから、
お母さんの命の火が消えてしまう、
最後の最後に、会えなかったから。

お母さんは、大好きだよって、
いつも言ってくれたのに。
私、恥ずかしくて、
言えなかったから。

だから、ずっと、
言えなかったこと、
後悔してて、
お母さん、大好きって、
必死に伝えてたの。

どうしても、届けたかったの。
どうしても、わかってほしかったの。

だから、
お母さんが、いなくなっても、
お母さんがずっと私の心の中で、
いちばんだったの。
いちばん、愛したい人。
いちばん、愛して欲しい人。

だから、
お母さんみたいに、
いなくなる人を、愛してきたの。

そうすれば、
やり直せるような気がして。
お母さんだけを、
愛していられるような気がして。

だから、私、ずっと、
ひとりを守ってきたよ。


だけど、
もう、ひとりを守らなくても、
大丈夫なんだよね。

お母さんが、
本当に私に守って欲しかったのはきっと、
ひとりでいることではないから。


ねえ、お母さん。

いなくなってしまったけど、
お母さんの一生分の命の代わりに、
そばにいて私を愛し続けることの代わりに、

思い続ける愛情の器を、
私にくれたんだよね。
途絶えることのない愛の強さを
私に残していったんだよね。


お母さんがいなくても、
私が、
愛を忘れないように。
愛する人を、愛し続けられるように。
愛する人のそばにいることを、
投げ出さずにいられるように。
愛されたいと、
願い続けられるように。

私が大きくなったとき、
そのことに気づけるように。

私が愛を見過ごさないように、
気づかずにはいられないくらいの、
絶対に無視できないくらいの、
こんな大きな愛を、私のど真ん中に、
残してくれたんでしょう?


お母さん。
残してくれた愛が大きすぎて、
私、ちょっと、遠回りしたよ(笑)
大きすぎて、苦しいことも多かったよ。
たくさん、泣いてきたよ。
ずっとずっと、寂しかったよ。

なんなら、今も遠回りしてるよ(笑)


だけど、
きっと、私なら大丈夫と、
信じて、残してくれたんだね。

私の命に、
愛、と刻んで。
呼び続けて、呼ばれ続けられるように。
いつも、感じられるように。

私の命の中に、
それが生きる意味だと、
迷わず感じられるくらいの、
この大きな愛を、
残してくれたんだと、思うから。


お母さんが本当に見たいのは、
お母さんへの愛を健気に貫いて、
ひとり歯を食いしばってる姿なんかじゃないよね。

大好きな人に愛されて、
笑っている姿だよね。


だから、私、もう、お母さん以外の人に、
愛してもらっても、いいよね。

私ね、大好きな人と、
一緒に生きていきたくて、
人生を重ね合わせていきたくて、
仕方ないの。

だから、
私、もう、ひとりはやめるね。

お母さんが、私に残してくれた、
愛する強さを、
私は輝かせて、
生きていくね。


お母さん。
お母さん以外の人に愛されても、
お母さん以外の人を愛しても、
ずっとずっと、大好きだよ。

コメント

  1. たかなりんこ より:

    はじめまして。
    根本先生のTwitter からたどり着きました。

    30年前、私が5歳の時に急死した父の死から、私は立ち直ってない。
    欲しいのは彼氏じゃなくてお父さんなんだ…と気づき、強く自覚してた今日、タイムラインに愛の人さんの記事が流れてきて、夢中で読みました。

    私も急に死んでしまった父、
    そして、夫の急死で子供の事どころではなくなってしまった母、
    2人に全く同じ思いを持っていました。

    お父さんとお母さんの愛が欲しい。
    他の人じゃないの。
    お父さんとお母さんがいいの。

    お父さんが死にたくて死んだんじゃないのもわかってる。
    お母さんが自分の精神立て直すことにかかりきりになってるのも仕方ない。
    2人が辛いのはよくわかってる。

    でも、私も辛くて、寂しくて、2人の愛が欲しかった。
    誰でもない、2人の愛が欲しい。

    だから、2人の愛以外受け取らないし、
    だから、2人以外に私を愛させないし、
    そんな心になっていたようです。

    愛の人さんのこちらの記事で、自分が心の底から望んでいたものが凄くわかりました。

    きっと今までは、
    何無茶言ってんだ?
    そんなこと(死んだ人から愛されたい)無理だろ?
    思っても望んでも意味がないじゃん?
    …そんな諦めで、心から望んでいたことすら自覚してなかったみたいです。

    でも、心の底から望んでいたのは、お父さんとお母さんから愛されたいという、この1点でした。

    愛の人さん、気づかせてくれて本当に本当にありがとうございます。

    • 愛野ひと 愛野ひと より:

      たかなりんこさん

      ずっと、大好きなんですよね。
      無茶だろうが、無理だろうが、
      ずっと、愛されたいと願いますよね。
      だって、たったひとりのお父さんとお母さんだから。
      その気持ちを、否定なんかしなくていいんです。
      堂々と、愛されたいって、願っていいんだと思います。

      自分の中にあるその思いに気づけたら、
      りんこさんの中にある愛にもきっと気づけます。

      どんなに時が経っても、
      もう会えなくても、
      愛してもらえないように感じても、
      自分の望む愛がもらえなくても、
      それでも愛を求め続けられるのは、
      それだけの愛の深さがあるからです。
      それだけ、強い愛があるからです。

      りんこさんの中にも、
      きっと、お父さんが命がけで伝えてくれた愛があるはずです。
      大好きな人を思い続け、
      諦めず健気に愛し続けられる、
      大きな愛が、あるはずです。

      りんこさんのその大きな愛情が、
      自由に輝けますように。

      愛野ひと

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