我慢することでしか、 あなたを愛せないと思ってた

私の愛


「手、あったかくなった?」


好きな人に会いにいった帰り際、
そう聞かれた。


「なったよ。さっき、熱を吸い取ったからね」


手が冷たいと言って、
あたためてもらった私の手は、
本当にほんのりあたたかいままだった。


「2年はもつわ」と、彼。


「じゃあ、2年はあなたのことを忘れられないね」


「そうだよ。
しかもこれからも更新してくから、一生忘れられないよ」


笑いながらそんな会話をして、
またね、と別れた。



少しずつぼやけていく
あなたの温度の感覚を追いかけながら、
ひとり、帰り道を歩いた。


そうだったら、
どんなにいいかな、と思った。

本当に願いそうになって、
でも、そんなことはあるわけないと、
書き消そうとする自分がいた。

ただの話の流れの冗談なんだから、
変に本気にされたら、彼だって困るよ、と、
冷静な自分が、
私に言い聞かせた。

大好きで大好きで仕方ないのに、
これ以上大好きにならないように、
心から溢れそうになる気持ちを
必死に止めている、
自分の心を、私はそっと眺めていた。





とても幸せな夜だった。

だけど、別れた後、
ひとりで帰るときは、
とてもとてもさみしかった。


今日感じた幸せな気持ちを全部、
あなたのところに、
置いてきてしまったのかもしれない。

そう思うくらい、
私の心は急にひとりぼっちになった。


だけど、それは、

私が愛されるわけがないと思う
自分の心が、

傷つくことを必死に避けようとする
自分の心が、

一緒にいる間に
あなたがくれた幸せを、
受け取っているようで、
本当は受け取っていないからだったのかもしれない、
そんな気がした。

受け取っているつもりだった。
いろんな優しさが、
本当に嬉しかった。


だけど、
「ありがとう」と伝えた言葉と一緒に、
受け取らずに、
そっと、
置いてきてしまったのかもしれない。


持って帰るのが、
怖かった。

持って帰ったら、
もっとこれ以上、
大好きになってしまうと思ったから。


私は、
受け取る、ということが、
よくわからないのかもしれない。


嬉しいことがあっても、
本当に心の底からは
喜ばないように、
どこかで、心を抑えている。

喜んで浮かれる私と、
いつも必ず、
冷静に、自分の感情を
止めてしまう私がいる。

目の前に幸せがあっても、
これは、
自分に向けられたものではない、と感じる。

受け取ったら、
後で傷つくかもしれない、と思う。

だから、
そんなに喜んではいけないと、
自分に言い聞かせる。


悲しい気持ちを避けるように、
寂しい気持ちを避けるように、
大好きを、我慢する気持ち。


私は、それを、
ずっと昔から知っている気がした。





病院のベッドで、
横たわるお母さん。

ほとんど病室にはいかなかったから、
本当におぼろげにしか記憶がなくて、
本当の記憶なのかどうかも怪しいくらい、
うっすらとした、病室の記憶。

私ね、
病院のベッドで
横たわるお母さんには、
なんとなく触れてはいけないような気がしていたの。

どうしてなのか、
わからなかった。

大好きなお母さんが、
弱ってしまったお母さんが、
たまにしか会えないお母さんが
目の前にいても、

私、どうしたらいいのか、わからなかった。

平気なふりをして、その場にいた。

病室に家族みんなでいても、
わたしだけ、
外から自分を見てるみたいな気がしてた。

だから、感情が動いたような感覚が、
全く残っていない、
真っ白の記憶。


今なら、
なんでかわかるような気がする。

お母さんに触れてしまったら、
大好きが溢れて、止まらないから。

一度でも、
触れてしまったら、
自分の気持ちに歯止めが利かなくなるから。

「触れたい」も、「甘えたい」も、
感じてしまったら、
もっと欲しくなる。

だけど、感じてしまったら、
辛くなる。

ずっと、一緒にいることはできないのだから。
帰る時間は、
やってくるのだから。

「帰りたくない」と、
泣いてしまいそうだから。

だから、
何も、感じないようにするしかなかった。


だけど。

あの頃の私が、
本当はどうしたかったのか、
今なら、わかる。


もっと、
笑顔を見せてあげればよかった。

お母さん、一緒に遊ぼうって、
もっと、手を繋げばよかった。

遠慮なんかせずに、
恥ずかしがったりせずに、
「お母さん、大好き」って言えばよかった。

病室だからと、
怒られたって、
困らせたって、
抱きしめてほしいって、
お母さんに、求めればよかった。

たくさん手を握って、
たくさん抱きついて、
お母さんの温度を、いっぱい感じればよかった。

悲しい思いをしてること、
寂しい思いをしてること、
「帰りたくない。ずっと一緒にいたい」って、
泣いて、喚いて、
全身で、伝えればよかった。
私の、ほんとうの気持ちを。


お母さん、
私が我慢のできるいい子で、
困らなかったでしょ。

でも、
私が我慢のできるいい子で、
寂しかった?

わたしが、
お母さんを求めなかったから。

教わらなくても、
誰に言われなくても、
きっと病室で、大声を出したり、
泣いたりしなかったんだと、思うから。


あの頃、
泣かないで、
聞き分けのいい子でいるために、
寂しい、悲しい、
そういう気持ちを我慢するために、
お母さん大好き、
その気持ちも一緒に我慢してたんだって、
わかったよ。

小さい私には、
上手に分けることができなくて、
大好きでいたら、悲しいから、寂しいから、
大好きな気持ちまで我慢しないと、
いけなかったんだって。

本当は言いたかったこと、
何一つ言わずに、
私、一番大好きな人に、一番遠慮してた。
自分から、遠ざけてた。


私が、大好きを我慢する
この感覚は、
お母さんに対して感じていた感覚と、
同じなんだって。

今、わかったよ。



お母さん。

私ね、
お母さんが大好きな気持ちを
我慢して、我慢して、
お母さんを、困らせないことを
傷つけないことを、
選んでいたんだよ。

感情を切ってでも、
心を失くしてでも、
自分の気持ちがよくわからなくなっても、
お母さんが安心して、
お母さんが病気を治すことに、
集中できるように。


それなのに、
死んじゃった。

私、こんなに我慢したのに。
私、泣かなかったのに。
私、いい子にしてたのに。
お母さん、死んじゃった。

どうすれば、よかったの?
どうしたら、ずっと一緒にいてくれた?

助けられなくって、ごめんね。
何にもしてあげられなくって、ごめんね。


そんな気持ちが、私の中にあったことに、
今、気付いたよ。



あの頃の私は、

我慢することでしか、
お母さんを愛せないと、思ってた。

我慢することが、
きっと、私にとっての最大の愛情表現だった。

だから、今でも、
我慢しないと、
愛していないように感じるのかもしれない。

我慢しないと、
愛する人を傷つけるような感覚があるのかもしれない。


だけど、どんなに我慢しても、
自分の愛では、
お母さんを助けられなかった。

我慢する愛しか知らないのに、
それしかわからないのに、
私の愛では、愛する人を助けられなかった、
そんな無力感を、今でも、すごく感じている、
そう思った。


だけど、本当は。

それは、少し、違ったのかもしれないって、
思ったの。


もしかしてなんだけど。


私がそこにいるだけで、
ちゃんとお母さんを、
助けられてたんじゃないかな。


私がそこにいるだけで、
ちゃんとお母さん、頑張ろうって、
思えてたんじゃないかな。


私が「お母さん」て呼ぶだけで、
ちゃんとお母さんには、
大好きって、届いていたんじゃないかな。


どうかな、お母さん。


私、何もできなかったけど、
ただ、そばにいるだけで、
ただ、生きているだけで、
お母さんの力に、なれていたかな?


もしも、そうなら。


本当は、私の愛は、
我慢なんてしなくても、
愛する人を幸せにできるんじゃないかな。


愛する人も、
自分も、さみしくなるような愛し方を、
もう、選ばなくてもいいんじゃないかな。


私がそこにいるだけで、
愛する人の力になれるのかもしれないと、
信じてみてもいいんじゃないかな。



もしも、私が我慢しないで、
大好きになっても、
愛する人が困らないのだとしたら。

もしも、私が全力で
愛されたいと願っても、
愛する人が困らないのだとしたら。

もしも、私の愛に、
あなたを幸せにできる力が
あるとしたら。


私、これからも、
あなたに会いにいくから。
あなたのとなりで、笑っているから。
たくさん、名前を呼ぶから。


だから、


これからも、何度でも、私の手を、
あっためてほしい。

私がたくさん甘えて困らせても、
嫌いにならないでほしい。

あなたのことを大好きになり続ける私を、
愛してほしい。

一生、忘れる暇なんてないくらい、
ずっと一緒にいてほしい。


それが、
私が置いてきた、
ほんとうの気持ち。

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